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鏡の国のぼくら⑤

2012.09.25.21:25

今までのお話
プロローグ    

長いです。今までのお話(改)にもご感想いただけると嬉しいです。


5話:もしもあなたになれたなら


感染するといい

俺と君と重ね合って、混じり合って

境界線さえなくなって

そうしていつか――――



 少年時代の友情と大人になってからの友情は同質ではない。
 それは大人になるとごとに増える柵が、ただ遊ぶための遊びや心と心の晒し合いを妨げることがある程度関係している。しかしながらそんなことを蓮とキョーコが知るはずもない。

 蓮もキョーコも特に交友関係に関しては通例からは逸脱する環境で育っている。ゆえに、こんな経験は初めてだった。いや、過去に1度だけ体験している。あの、夏の川原で。

 まるで、幼い子供同士が会ったその日に友となるように。無条件に相手を信頼するように。まるで片一方は気付かぬまま、かつての子供時代に立ち返るように、急速に二人の壁は消えていった。

 今に至るまで特殊な経験を多数共有してきた下地があるにしろ、二人がそうと意識せぬまま互いへの理解を急激に深めていったのは必然だったのだろうか。

 少なくともそのあまりに急激で自然な変化に気がついたのが第三者であったのはむしろ当然のことと言えた。



「蓮。おまえ、何があった」

 社はいぶかる心を隠しもしない目で蓮を見た。

「え、何ですか? 急に」

 蓮はといえば、いつもの“他意なんてありません”と言わんばかりの、あるいは白々しいまでのすっとぼけた笑顔でもなく、本当に不思議そうな顔だ。

「お前、白すぎるぞ」

 当然“白々しい”という意味ではない。

「え、今日の服、黒メインですけど」
「そうじゃない。いつもはもっと邪悪さを紳士面に隠した顔してるだろ。それが本当に春の日差しのように穏やかな顔をしている。つまり何かあったんだ。キョーコちゃんとな!!」

 社は助手席からズビシッと音がしそうな勢いで指を突きつけた。

「何ですか、邪悪って」

 対して指を突きつけられた蓮は呆れたように返した。社は蓮からのツッコミには答えず続ける。

「お前があくまでもそれを認めないのなら仕方が無い。だがな」
「はぁ」
「蓮! 尻には気をつけろ!!」
「は? ・・・はぁ!?」
「俺でも防ぎきれないかもしれない・・・」

 素っ頓狂な蓮の声に、どうやら本当に気付いていないらしいと理解した社は、遠い目をしながら現状を説明することにした。


 変化はいつ頃だったか。恐らく、蓮が役作りのために――という“名目”だろうと社は勘ぐっている――キョーコと暮らし初めて割とすぐのことだった。

 蓮は社交的な割に人見知り、あるいは人嫌いなのだろうと社は睨んでいた。その結果が蓮の他者――二人三脚でやってきたマネージャーの自分に対してすら――との間に作る壁の理由、その一端なのだろうと考えている。

 それがふと薄れていたことに気がついたのは、蓮の表情によるものだった。作り物めいてパターン化され、それと分からないほど巧妙に感情の薄められたものではなく、どこか未熟さ・若さを感じさせる初々しい笑顔。

 カイン・ヒールとしてではなくただの蓮としてキョーコと過ごす時間が蓮の心にある何らかのしこりを取り払ったのだろうと社は思った。

 ・・・そのときは。

 変化は緩やかだった。しかし蓮がキョーコと暮らし初めて1週間も立つ頃には無視できないものに変わっていた。

「敦賀君、今度よかったら飲みに行かない?」

 近寄ってきてコソッと耳打ちしたのはドラマ共演者の男性だった。蓮とは確か同い年で、仕事ぶりもまじめな好青年だ。

「ええ、是非時間が合えば」

 明らかに社交辞令に聞こえそうなこの台詞が友好的な返答に聞こえる。このテクニックだか人徳だかよく分からない効果を社は一歩下がった斜め後ろから見ていた。

「あ、そうだ偶には女の子抜きでもいいかな? 男同士でしか出来ない話ってあるし」
「構いませんよ」

 二人はスタジオのセットを組終えるまで暫く談笑していたが、やがてスタッフからの呼び出しで青年俳優は去って行った。
 そのとき、社とのすれ違い様。決して蓮には見えないその角度で、彼は笑ったのだ。たっぷりの敵意と他意を含んで。

「え?」

 社は意味も分からず出入り口へと消える青年俳優の後ろ姿を見送るしかなかった。

 その日の夕方、社は書類仕事のために寄った事務所で俳優部主任の松島に呼び止められた。

「蓮は最近どうしたんだ?」
「どう、とは?」

 最近の蓮の態度の軟化――表面的なものではなく、本質的な意味で――は寧ろ良い傾向で、松島に注意を受けるものには思えなかった。
 実際、松島の声の調子も批難するものではない。

「特に変わった様子はないか?」
「ええ、仕事の調子はいいくらいです」

 社の回答に松島はそうだよな、というように頷いた。

「なにか、あったんですか?」
「いや、どうも最近急に蓮の男性人気が上がっているみたいで。それはいいことだし、現場や事務所ではもともと同性からも好かれていたがな・・・」

 そこで社は昨日集計されたばかりのアンケートの存在を思い至り、その結果に何かあったのだと察した。

「ランキングの集計で何かあったんですか」
「いや、なに。寧ろいいことなんだが・・・。ここ何日か駆け込みで男性票が蓮に多数集まった。ファンクラブもここ数日で男性がじわじわ増えてきているんだ。
ただ理由がよく分からん。今やってるドラマも以前から引き続きのシリーズだし、何かこれと言って急に男性ファンが増え出す要因がないんだ」

 社は人に対する壁がなくなったせいかもしれない、と考えたがそれと男性ファン増加の因果関係は不明である。
 社は松島と一緒になって首をひねったが、結局それらしい理由は見つけられなかった。

 が、翌日。社はこの変化に対する理由に明確な確信を得ることとなる。



「――では、初恋はどうですか? これなら敦賀さんのファンを悲しませずにすみますよ」

 それはバラエティー番組でのことだった。蓮から恋愛関係で具体的な人物を引き出すなど不可能だ、と言うのは司会者も分かっているのだろう。変化球で攻めてきた。
 観客席も蓮が現在の恋愛事情を訊ねられていたときの悲鳴が収まり興味津々である。

 社だけは初恋と現在の恋愛がイコールで結ばれることを知っているので場内のその反応に苦笑いを浮かべていたが。
 しかし爆弾は落ちてきた。

「子供の頃、役者を目指す自信をなくしていた俺に演技の楽しさを思い出させてくれた子・・・かな」

 蓮は照れたように頬を染めはにかみながらも笑みを浮かべた。

 社は目を見開いた。蓮の回答にではない。その、表情に。

(お前はキョーコちゃんかーーーー!!?)

 薔薇のように妖しくも水仙のように楚々として、白百合のように高貴でいながらタンポポのように純朴。
 背後に舞い咲くのは華やかな深紅ではなく、薄桃色や黄色水色の可憐な野花である。

(見たことある。俺、見たことあるよ“それ”。全く同じじゃないけど本質は同じだよ・・・!!)

 そのとき会場が沸いた。
 観客席の9割を埋める女性陣から『かわい~~~!』という大絶叫。残り1割の男性陣は惚けたように頬を染めて蓮に見惚れている。

 社はその瞬間、最近の謎現象に理由を見つけたのだった。




「そんな大げさな」

 苦笑いをしながら蓮は冗談めかした口調で言った。

「いいや! 俺は確信している。お前は今女性だけじゃなく男性ファンや共演者にも狙われている!!」

 社はいつもの手袋を装着して携帯電話を素早く操作した。

「これを見ろ!」
「なんですか? それ」

 ちらりと携帯画面を見た瞬間ふたたび青に変わった信号に、蓮はすぐ前方へ向き直った。

「『エンジェルスマイル! 敦賀蓮の新たな一面!! 
 最近頓に演技の幅が広がったと話題の敦賀蓮さん。
 彼はトーク番組でもその新たな一面を見せてくれました。
 敦賀さんと言えば190cmもある長身や包容力を感じさせる大人の男然とした雰囲気で『男前』という印象です。
 しかしつい1年ちょっと前までは10代の若者であり、中性的な美貌の持ち主であることを彼の“エンジェルスマイル”は教えてくれました!
 その笑顔はまさに穢れを知らない無垢な天使! 性別すら超越したその笑顔に敦賀さんの人気はますます急上昇中!!』」

「・・・なんですか? それ」
「お前に関するレポート。この記事のエンジェルスマイルが何を指しているか俺には分かる」
「えーと・・・・」

 力強い社の宣言に蓮は返す言葉を迷った。

「分からないか? キョーコちゃんスマイルのことだよ! あの無防備全開で下心のかけらもないキョーコちゃんの笑顔! お前最近、そういう顔で笑うようになったんだよ」

 ふと緩んだ眼差しに、社がそのことを喜ばしく思っていることは分かった。だから蓮は話題を変えたかった。このままでいると、緩みそうな口元を悟られる気がして。

「・・・それはそれとして、なんで男に狙われるという話に?」

 社は目をガパッと見開いた。

「気付いてないのか? 本当に? お前があんな性別すら超越してたらし込むような笑顔見せるから男性人気急上昇したんだぞ? お前やたら男に誘われるようになっただろ?」

「誤解を招きそうな言い方やめてもらえませんか。飲みや遊びに誘われているだけですよ」

「だーかーらー! そういうヤツってお前の見ないところで俺のことめっちゃ睨んでくるんだよ! お前が一人の女優と話してると他の女性陣が睨んでくるみたいにさ」

 社が眉根を寄せて愚痴をこぼしたところで、蓮はようやくこの事態を認めた。

「あー、その、すみません。自分では自覚がなくて・・・」

 お前って変なところで鈍感だよなぁ、嘆かわしげな社に平謝りしながらも、蓮の意識は違う場所へと向かっていった。もう、笑みは隠せていなかった。

(あの子も、こんな風になっているのかな。
 ――突然、自分の中に俺を見つけたりしてくれているのかな・・・)


 § § §


「よろしくお願いします!」

 キョーコは、いや・・・京子はにっこり笑った。これ以上はないというほど清々しく。
 共演者やスタッフたちは京子の爽やかな笑顔と挨拶に、自分たちまで元気を分けて貰っているような気分になっていた。

 彼らを除いて。

「似非天使ちゃんどうしちゃったの」
「ほら、不破と一緒で少し頭が弱いのかも」

 こそこそとビジュアル系を前面に出した男たちがささやき合った。その視線の先には二人の男女がいる。

「キョーコ。お前ライオンの臭いが染みついているぞ」

「何をおっしゃっているんですかビーグルさん? 私、動物は飼っていませんよ?」

 京子はにこにこしながら答えた。

「やめろ。ライオンのような真似はよせ。負の感情を抑圧しすぎてライオン並みに禍々しくなっている」

「本当にビーグルさんは面白いことを言いますね。二足歩行でお話しするのがビーグルさんにとっての“ライオンのものまね”だなんて。
 あ! ということはもしかしてビーグルさんも今ライオンのものまねをしている最中ですか。それでライオン同士だから言葉が通じると!
 ごっこ遊びだなんて可愛らしいところがおありですね」

 かみ合わない会話を繰り返す度にますますキョーコの笑みは深くなった。端から見れば爽やかなことこの上ない。
 しかし彼――ビーグルさんことレイノには分かる。あまりにも濃縮された負のオーラにレイノですら迂闊に触れるとこが出来ないほどなのだから。

「お前は禍々しいまでのオーラを素直に放出するがゆえに美しいんだ。いい加減にしないと・・・―――」
「あらビーグルさん方、カメラリハーサルが始まるみたいですよ?」

 そう言うとぺこりと頭を下げキョーコはその場からさっさかと立ち去った。




「京子ちゃんおつかれー」
「お疲れ様です、ありがとうございました!」

 収録は順調に進み、滞りなく終了した。キョーコは挨拶を済ませると足早にスタジオを出た。
 VIE GHOULから逃げるためではない。彼らは現在女性陣に捕まっているからそこまで急ぐ必要は無い。
 キョーコはただ1秒でも早く帰りたかったのだ。・・・正確には、1秒でも早く蓮に会いたかった。会って報告したいことがあった。

 嫌いな共演者ともきちんと仕事を出来たこと。
 VIE GHOULに嫌がらせされないように上手に立ち回れたこと。
 そして、女性共演者ともうまくやれたこと。

 ――それが、誰のおかげかということ。
 蓮に伝えたかったのだ。

 浮き足立つような気分を芸能人としての自覚で押さえ込み、キョーコはキリキリ歩いた。


 § § §


「敦賀さん、お帰りなさい!」
「ただいま、最上さん。何かいいことでもあったの?」

 一緒に暮らし始めてすでに2週間。蓮は開口一番のキョーコの様子で、彼女が自分に報告したいことがあるのだとすぐに分かった。
 もちろんそれはキョーコにとって嬉しい出来事のはずだ。

 二人でリビングへと向かいながらも蓮は頬が緩むのを押さえられない。
キョーコの喜びは今や蓮の喜びだ。これは独り善がりではない。真実二人は喜びも悲しみも分かち合うべく共にあるのだ。
 それが役者という仕事のためであるのだとしても、共有される全ては本物だった。

 そわそわしっぱなしのキョーコと食事を済ませ、コーヒーカップを持ってソファーに座れば始まりの合図となる。
 “さくら”を作るための交流。それを始める“一応”のラインとして、この流れが暗黙の了解になっていた。

「僭越ながら少しは私にも、敦賀さん『らしさ』の様なものが身に備わって来たようです!」

 いつかの――そう、プリンセス・ローザ様の魔法がどうとか言っていたときの――ように夢見る瞳でそう切り出した少女に、蓮は先を促した。

「お陰様でいいことがあったんです!」
「いいこと? ちょっと想像が付かないな」

 蓮には『いいこと』がなんなのか見当も付かなかった。
 キョーコに支えられてようやくクオンとしての自分を受け入れ、同時に“敦賀蓮”もまた自分の人格の一部だと認められたが、それとこれとは別だ。
 受け入れ、認めたからと言って自分が素晴らしい人間になったというわけではない。

 むしろ、浅ましさという面ではより一層悪化した。

 それはキョーコとさくらを作る準備を全て整えた後のことだった。このときになってようやく蓮は自分の心の中にもう一つの目的があることを自覚した。

「人間関係ですよ、人間関係! 敦賀さんの広く浅く良好に! の精神をうまいこと実行できるようになったんです!!」
「広く浅くって・・・それっていいことなの?」

 蓮は遠慮会釈もないキョーコの物言いにいっそ笑って訊ねる。
 そうだ、自分のもう一つの目的など関係ない。こうしてキョーコと気が置けない仲になれたことが・・・そういう存在をキョーコに作れたことが、何よりも大事なのではないか。

「当然です! 今日みたいにビーグルどもに絡まれたときなんかは特に“皆さん☆先輩”みたいなオーラ、で・・・です、ね・・・」

 ぴきょり。
 石化したように動きを止めたのは蓮の方だった。

「つ、敦賀さん? あの、大丈夫ですか?」

 あわあわとしながらもキョーコは蓮の前で両手を振ってみる。
 蓮が何事か小さく呟いた。

「・・・い。・・・大丈夫じゃないよ・・・」
「え、え?」

 どこか具合でも悪くなったのか。キョーコが問いかける前に蓮はキッと視線に熱を宿した。

「最上さん・・・? 君、今日あのストーカー君と会ったの? ・・・というか一緒の仕事だった?!」
「へ? あ、はい」
「話を遮ってしまって悪かったね。それ、詳しく聞かせてくれる?」
「りょ、了解いたしました」

 キュラキュラと輝く光の矢を放たれ、キョーコは無表情になりつつも頷いたのだった。

「えーとですね、私はこの通りペーペータレントですので仕事の選り好みや、ましてや共演者に対する口出しなど出来ない訳なんです」

 ご理解いただけますか? 潤んだ瞳で見上げられた蓮は頷き一応の納得を示した。

 最初に弁明を持ってきたことも、その弁明すべき点のチョイスも中々慣れたものだ。キョーコのこの生活での苦労――本人がどう感じているかは置いておいて――が偲ばれる。

「君があのストーカーとの共演を断れなかったのは分かった。それで、どうして共演が決まったときに俺に言わなかったの」

 不機嫌を隠さない蓮の横顔をキョーコはそっと窺った。不思議と、それほど怖くはなかった。同居を始める以前ならあり得なかったことだ。
 ほんの少し前まで、キョーコは蓮が不機嫌になるたびに、どう考えたって必要以上に怯えていた。蓮が何に怒っているのかも分からないにもかかわらず。

 でも今は以前ほどには怖くなかった。全く怖くないとは言わない。呆れられるのも、見捨てられるのも怖い。
 しかし蓮の怒りの原因が結局はキョーコへの心配なのだと、キョーコはもう気付いている。

 気がついてしまえば胸を満たすのは気恥ずかしい切なさだ。


『君は人間だ。自分の意思があって、今も自分を作り続けている』

 キョーコはあの日、蓮の言葉を受け止められなかった。

 蓮は今までずっと――それこそ、二人のあいだが険悪だった出会ったばかりの頃から――キョーコを一人の『人』として扱ってきてくれた。

 『最上キョーコ』を作ることを目指し始めた自分には、それが心地よくて、手放しがたくて、そんな蓮の傍から追放されるのを恐れていた。蓮に嫌われ、その温もりを与えてもらえなくなるのは耐え難かった。

 だから自分はあんなにも過剰に蓮の機嫌へ反応してはおどおどと怯えていたのだとキョーコは同居生活の中で気がついたのだ。

 気がついて、そして、もう必要以上に怯えることはないのだと知った。

 ご飯を作ること。些細な気遣いをすること。
 当たり前で、して当然で、気にもとめられないようなことを、蓮はひとつひとつ掬い上げて言うのだ。
 ありがとう、と。

 遅れた帰宅や、小さな体調の変化、傷にもならない些細な痛み。
 無視しても問題は無い。気にしなくても日々は過ぎていく。そんなものすら蓮は見ていて放っては置かないのだ。
 大丈夫? 無理をしちゃダメだよ。
 そう言って蓮はキョーコを支え助ける。まるでそれが当たり前のことのように。

 そうして声もなく告げるのだ。

 君は大切にするに値するものなのだと、『人間』であるのだと。
 ・・・捨てたりしないと、ここにいてもいいのだと。

 ほんの小さな、誰にも気づかれないような、キョーコの心の欠片に気づいて、必ず与えられる優しい笑顔と労りの言葉が。

 勇気と自信を、くれたのだ。
 連に対してさえも。

 同居生活の中で蓮がキョーコから写しとった『最上キョーコ』の欠片を見せるたび『そんなキョーコが居てもいい』と言われているようで――それはキョーコの勝手な感慨であったが――それはとても心地よいことだった。

 前を向いていた、蓮の視線が不意にキョーコを向いた。恨みがましくじと目で見られる。

「ぷっ」

 それが自分そっくりで、それがあまりにも自然で『人』らしく、丁度そのことについて考えていたキョーコは思わず噴出すのを堪えきれなかった。

「俺、怒ってるんだけど?」
「私は、敦賀さんが何に対して怒っていらっしゃるのか分からないんですけど?」

 自分を人間として扱ってくれる蓮と二人きりのこの空間だけでなら、キョーコもほんの少し調子に乗って、自分を人間だと思ってもいいだろうか。降って湧いたようにそんな考えがポンと浮かんだ。

(私はここで、生まれて初めて人になるのかもしれない)

 キョーコは思った。そう思うとどうしようもなく心が軽くなって、楽しくて、ますますキョーコの笑いは止まらなくなった。

 そんなキョーコに蓮は更に機嫌を損ねて――正しくは拗ねて――でも理由は確り答えた。

「俺は君にとって今1番近い存在だと思っていたのに、君が困っている事も相談してくれなかったから・・・頼りにしてもらえない自分が・・・悔しかっただけなんだ」

 それは『DARK MOON』の演技テスト時のキョーコだった。
 だからキョーコには蓮の思いが痛いほどに分かった。
 自分と相手の気持ちを示す方法。それがぴったり重なるとき、思いはあまりにもダイレクトに伝わったから。

「ごめんなさい、信用してないとか、そんなんじゃないんです。
 ただ自分で解決できることは自分で解決したかっただけなんです。・・・と言っても、結局敦賀さんのおかげで解決したようなものなんですけど・・・」

「え?」

「言ったじゃないですか『お陰様でいいことがあった』って。
 結局敦賀さんに助けられたようなものなんです。敦賀さんのどんな時も崩れない紳士面・・・いえ、皆さんお友達☆オーラのお陰で全て乗り切ったようなものですから」

 ああいう手合いはこちらが思った通りの反応を返さないのが一番の仕返しになるらしい、と言うのは今日のことでよく分かった。
 そして何より一番不愉快な、それを見ていた周囲の人間に妙な勘ぐりをされたり、彼らのファンに誤解をされて彼女らから謂われのない攻撃を受ける、といったことを未然に防げたのが非常に嬉しい。

 とにかくキョーコは蓮に感謝しているのだ。

 だから――顔を完全にこちらに向けていた蓮の頬に、キョーコは自分でも驚くくらい自然にキスを贈った。

 ありがとう、の気持ちを蓮へダイレクトに伝えたくて。

 蓮が頬を抑える。見たこともないくらいに赤面した蓮がいつかの自分を見ているようで、こんな時にもきっちり返してくるこの先輩俳優にはやはり敵わない、とキョーコは一層のこと笑った。

「感謝の印です!! 明日は早いのでもう寝ますね!!」

 今は自分専用となっているゲストルームに駆け去ったキョーコは気付かなかった。
 蓮が期待と学習の狭間で、キョーコの坩堝に嵌まっていることを。





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純情可蓮×強ーコ(強気なキョーコ)
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Author:常葉(トキワ)

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